認知症のご家族の介護で困っていませんか?
在宅・施設にかかわらず、「さっきも同じことを聞かれた」「何度説明しても分かってもらえない」という場面は少なくありません。
忙しいときに、何度も同じやり取りをしていると、ついイライラして強い口調になり、「また言い過ぎてしまった…」と自己嫌悪に陥ってしまうこともあります。この繰り返しが、介護疲れを大きくしてしまいます。
本記事では、作業療法士として、また学習療法士として認知症の高齢者と関わってきた経験から、適度に疲れない声かけのコツをまとめました。
ご家族の心が少しでも軽くなり、毎日の会話が穏やかになるヒントになれば幸いです。
認知症高齢者との会話にコツはある?
作業療法士としての経験から述べると、認知症の方とのコミュニケーションには、細やかな注意と気配りが必要です。
認知症の方に対しては、声かけひとつで介護の負担感が大きく軽減することも珍しくありません。
意識したい声かけのポイントは、あなたが普段、ご家族や友人との会話で気を付けている点と大きくは変わりません。
まず、相手と目線を合わせてから、少し低めのトーンでゆっくり話しかけます。少し大きくうなずいたり、身振り手振りを加えて、「しっかりと話を聞いている」ことを伝えましょう。
相手が話をしているときに、途中で遮って否定したり、意見を修正しようとするのは、できるだけ避けたい対応です。基本的には、傾聴と共感を意識してコミュニケーションをとると良いでしょう。
今では、インターネットでもこうしたテクニックを学ぶことができます。
しかし、作業療法士として業務に携わっていると、在宅介護のシーンだけでなく、施設内でも相手を否定したり、意見を変えさせようとすることに一生懸命になってしまい、その結果、より混沌とした状況を生み出してしまう場面を目にすることは少なくありません。
まだまだ十分に、知識と技術が活かされていないと感じることがあります。
在宅介護でよくある「会話の行き違い」とモヤモヤ
認知症の方との会話で起こりやすいのが、真面目に考えすぎてドツボにはまっていくパターンです。
たとえば、「家に帰らないといけない」と言われて、思わず「ここが家でしょ!」と返してしまったり、「ご飯はまだかね?」に対して「さっき食べたでしょ!」と言ってしまう……。
介護する側は、「正しいことを教えないと」「ちゃんと分かってもらわないと」と一生懸命なのですが、正しいことを伝えれば伝えるほど、相手は不機嫌になり、こちらもイライラが募ってしまいます。
これは、決して介護者が悪いわけではありません。むしろ、真面目に向き合おうとしているからこそ起きる「残念な行き違い」と言えるでしょう。
作業療法士という立場上あまり大きな声では言えませんが、実は、認知症の方とのコミュニケーションは、きっちり正解を出そうとしすぎなくても大丈夫です。
相手が認知症でも、嘘をついたり、だますような言い方をするのは心苦しいと感じる方も多いと思います。
しかし、状況やその人の性格にもよりますが、その場の不安を和らげるために話題をそらしたり、少しぼかした説明を使うことが役立つ場面もあります。
なぜなら、認知症の状態によっては、短い時間のうちに「今している会話の内容」を忘れてしまうことがあり、そのため同じやり取りが何度も繰り返されやすいからです。
だからこそ、こちらも無理に真実を分かってもらおうとするより、相手が安心できる言葉を選ぶことが大切です。
ただし、これを実践するためには、「認知症」というラベルだけで相手を測るのではなく、その方の生活歴や性格、病状をしっかりと把握したうえで、ひとりの人間として接することが必要です。

人によっては、会話の内容を覚えていたりしますからね…。認知症で一括りにすると大変なことになるケースもあるので要注意です。
なぜ認知症の方とは話がかみ合わないのか?
多くの認知症では、ものを覚えておく力(記憶)、時間や場所を把握する力(見当識)、話の内容を理解して整理する力が低下していきます。
そのため、「さっき食べた」という事実そのものが頭に残りにくく、「今お腹が空いている気がする」「何かしなきゃいけない気がする」といった「感覚」だけが強く残ります。
大切なのは、本人の中ではその不安や焦りが「現実である」という点です。
周囲がどれだけ正しい情報を伝えても、その感覚を上書きするのは難しく、「何度説明しても分かってもらえない」状態が続きます。
この状態が長く続くと、目の前の人物に対して「自分をだまそうとしている」「わけの分からない場所に閉じ込められている」といった被害的な気持ちが強くなっていきます。
その結果、不穏な状態が生じ、より意固地になってしまうことで、さらに会話がかみ合わなくなってしまうのです。
これは病気の症状によるものだと理解し、こちらが柔軟に対応を変えていきたいところです。
基本の考え方「事実より感情を受け止める」
認知症の方の話を聞いていると、一見まとまりのない話を繰り返すうえ、話自体も行ったり来たりするため、意味のない言葉を発しているように感じることもありますが、その言葉の裏側には必ず感情があります。
言葉の裏に隠れた感情を読み取り、その感情に寄り添いましょう。
そのあとで、安心につながる行動(お茶を飲む・一緒に確認する・トイレに行く など)を提案すると、お互いにイライラすることなく、穏やかに場面を収めやすくなります。
- 「家に帰らないと」=今ここにいることへの不安・落ち着かなさ
- 「ご飯はまだかね?」=何となく満たされない・不安感、空腹感
- 「お金は大丈夫か?」=将来や生活への心配

「事実を訂正する」よりも、「その言葉の裏にある感情を受け止める」ことが大切です。
よくある発言とNG声かけ/OK声かけの例
例1:「家に帰らないといけない…」
- NG
- 「ここが家でしょ!」「もう家なんてないでしょ」
- OK
- 「そうなんですね、お家が気になるんですね。」
- 「今日はどなたが待っているんですか?」と少し話を聞く
- 「バスの時間まで、ここでお茶にしましょうか。」
「帰りたい」気持ちの裏には、不安や居心地の悪さが隠れています。否定せず、「帰る前に一息つく」という流れを作ると落ち着きやすくなります。
例2:「バスに乗って帰る」「電車に乗らないと」
- NG
- 「バスなんて来ないよ!」「ここから電車はないから!」
- OK
- 「バスで帰るつもりなんですね。」
- 「昔もバスで通勤されていたんですか?」と回想につなげる
- 「今はちょうど待ち時間みたいなので、あちらで座って待ちましょうか。」
「帰宅」や「仕事」の記憶が混ざって出てくることがあります。昔話に少し付き合いながら、座って休む・水分を摂る行動へつなげるのがおすすめです。
例3:「ご飯はまだかね?」
- NG
- 「さっき食べたでしょ!」「何回同じことを聞くの!」
- OK
- 「お腹がすいた感じがしますか?そうですよね。」
- 「さっきも少し召し上がりましたけど、まだ入りそうですね。」
- 「お茶と一緒に、何か軽くつまみましょうか。」
記憶には残っていなくても、「食べたい感覚」だけ残っていることが多いです。
毎回しっかり食事を出すのが難しい場合は、少量の間食や飲み物で安心感を満たすだけでも、訴えが減る場合があります。
例4:「お金盗られた!」「お金は大丈夫か?」
- NG
- 「盗るわけないでしょ!」「疑わないでよ!」
- OK
- 「お金のこと、心配になりますよね。」
- 「一緒に通帳と財布を確認してみましょうか。」
- 「今日はこのお金をここに置いておきますね。心配になったら、また一緒に見ましょう。」
お金への不安は、とても主観的で強い感情です。否定すると、かえって疑いが強くなります。
「確認の儀式」を一緒に行うことが、安心につながりやすいです。
例5:「トイレはどこ?」「家にはトイレがない」
- NG
- 「さっき行ったでしょ」「そこにあるでしょ、見えないの?」
- OK
- 「トイレに行きたくなりましたか。じゃあ一緒に行きましょう。」
- 立ち上がりから移動まで、必ず付き添って案内する
トイレの場所が分からない不安は、失禁の恐怖ともつながります。
「案内してもらえる」「一緒に行ってもらえる」ことが、大きな安心材料になります。
筆者が実践している「3ステップ声かけ」のコツ
筆者が認知症の方に声をかける際に意識しているのは、次の3つです。
① 否定せずオウム返し+共感
「家に帰らないと…」→「家が気になるんですね。」
まずは相手の言葉をそのままオウム返ししつつ、「気になるんですね」「心配なんですね」など、一言共感を添えます。
② 一言だけ深掘りして話してもらう
「今日はどなたが待っているんですか?」など、軽く質問をして、少しだけ話を広げてもらいます。
長々と聞き出そうとせず、「一言だけ深掘りする」イメージです。
③ 安心できる別の行動へ誘導する
「その前に、お茶を一杯飲んでいきましょう。」
「じゃあ、一緒にカレンダーを見てみましょうか。」など、不安を和らげる行動をそっと提案します。
このとき、「正しい情報を分かってもらうこと」はいったん横に置いておきましょう。
ゴールは「正しい情報を理解させる」ことではなく、「今の不安を少しでも軽くすること」と決めておくと、介護する側の気持ちも、少し楽になります。
家族自身がつぶれないために——イライラとの付き合い方
どれだけ頭で理解していても、毎日のように同じ質問をされれば、イライラしてしまうのは当然です。
プロの介護職でも、いつも100点満点の対応ができるわけではありませんし、筆者も忙しいときやイライラしているときには、うまく対応できないこともあります。
あまり自分に厳しくしすぎず、「できる範囲で対応する」くらいの気持ちでいることが大切です。
- 「つい強く言ってしまう日もある」と認めること
- 後から「さっき怒鳴っちゃったね、ごめんね」と伝えて関係を修復すること
- 自分の休憩時間・趣味・誰かに愚痴を聞いてもらう場を確保すること
困ったときに一人で抱え込まない
声かけを工夫しても、どうしても落ち着かない、攻撃的な言動が続く、生活が回らない…。
そんなこともあるかと思います。そんなときは、無理をして一人で頑張り続ける必要はありません。
悩みを家族にシェアして、愚痴を聞いてもらうと同時に、対策も一緒に検討していきましょう。
もし家族だけでは対策が思いつかない場合は、「地域包括支援センター」「ケアマネジャー」「主治医・かかりつけクリニック」「認知症カフェ・家族会」などを頼ってみても良いでしょう。
「この声かけで合っているのかな?」「薬で調整が必要?」といった迷いも含めて、専門職に話してみることで、具体的なサービスや支援につながることがあります。
まとめ
本記事では、認知症を持つ高齢者との関わり方、コミュニケーション方法のコツを作業療法士の視点で解説しました。
認知症は、その種類や進行の状態によって出現する症状が変わるため、専門職であればしっかり学習して知識を深めておく必要があります。
しかし、介護を行うのであれば、学術的な知識よりも、対象者の感情に働きかけるコミュニケーションの方法を身につけることの方が大切です。
そして、認知症の方とのコミュニケーションでは、「事実を理解させるための説明」よりも、「今ここで安心してもらうこと」が大切です。
認知症を持つ方の発言は、意地悪でもなければ、一時的な物忘れからくるものでもありません。
本人は「確信」を持って発言・行動をしているため、間違いを正そうとすればするほど、関係がこじれやすくなります。
相手の立場になり、言葉の裏にある感情に目を向け、「否定しない・共感する・安心できる行動を提案する」ことが重要になります。
また、こちらのイライラした気持ちを敏感に受け取り、ダイレクトに返してくることも多いため、介護する家族が少しでも楽になることが、ご本人の安心にもつながります。
いきなりすべてを変えるのは難しいと思います。まずは、「さっき言ったでしょ」という言葉を、「心配ですよね」「気になりますよね」に言い換えるところから始めてみてはいかがでしょうか。
小さな一歩でも、それが積み重なれば、在宅介護の日々は必ず変わっていきます。