在宅介護を頑張っているみなさま、立ち上がりの介助で腰を痛めていませんか?
介護の基本動作の一つであり、一見すると簡単そうに見える立ち上がり介助ですが、やり方を間違えると介護者の腰を痛める大きな原因になってしまいます。
実際に、筆者も学生時代の実習で、立ち上がりや移乗動作の介助を繰り返すうちに腰を痛めてしまった経験があります。
しかし、立ち上がりの介助は、教本に載っているような基本を守るだけでも、今よりぐっと楽に、安全に実施できる可能性があります。
この記事では、作業療法士である筆者が、立ち上がり介助の基本を「なぜそうするのか?」という理由も交えながら解説していきます。
立ち上がり介助の基本は守れている?
結論から言ってしまうと、「立ち上がり介助の基本を守れていない人は意外と多い」のが現実です。
作業療法士として仕事をしていると、施設から在宅まで、さまざまな場面での介助を目にします。
在宅介護を行うご家族が基本を知らないのは当然なので仕方ないのですが、資格を持っているプロの介護職の方でも、基本を守れていないケースは少なくありません。
そして、こうした介護職の方の多くが、実際に腰を痛めてしまっています。
介護現場では、「少しくらい負担が減っても意味がない」「自分のやり方の方が早くできる」といった声も聞かれます。
しかし、介護業務にも携わる筆者としては、基本を守った方が安全面でも効率の面でもメリットが大きいと感じています。

介護は何度も繰り返す動作なので、「少しくらい」の積み重ねが、結果として大きな効果につながります。
在宅介護でよくある「なんとなく立たせている」立ち上がり介助
在宅介護の現場でよく見られるのが、「とりあえず立てればいいよね」という感覚で、なんとなく立ち上がり介助をしてしまっているパターンです。
正面から両手を引っ張ったり、脇の下に腕を差し込んでグッと上方向へ持ち上げたりと、どうしてもその場しのぎの介助になりがちです。
このような介助方法は、その瞬間は立てているように見えても、実は高齢者の肩や肘、腰に大きな負担がかかっています。
また、支える側も腕力と腰の力だけで持ち上げる形になってしまい、慢性的な腰痛の原因になりかねません。
「毎回ヒヤッとする」「終わったあとにドッと疲れる」立ち上がり介助は、どこかの手順で無理をしているサインと考えてよいでしょう。
正面から腕を引っ張る・脇の下を持ち上げる危険性
正面に立って両手を握り、「よいしょ!」と前方へ引き上げる介助は、最もよく見かける方法のひとつです。
しかし、この方法では高齢者の肩関節や肘関節に過度な負担がかかり、脱臼や筋・腱を痛めるリスクがあります。
とくに骨粗しょう症がある方や、片麻痺・パーキンソン病などで筋緊張が不安定な方には危険です。
また、脇の下の前側から腕を突っ込んで、上に持ち上げる方法も、脇の神経や皮膚を圧迫しやすく、とても痛みを感じやすい介助です。
「痛いけど、立つために我慢している」方も多く、表情に出ないからといって安全とは言えません。
高齢者にも介助者にも負担が大きい理由
間違った立ち上がり介助の多くは、「重心」と「力の向き」を無視して、腕力だけでなんとかしようとする点が共通しています。
本来、立ち上がりは「おしり→足→上半身」の順に重心を前へ移し、最後に足で床を押して立ち上がる動作です。
しかし、正面から引っ張る介助では、重心が後ろのまま引き上げることになるため、高齢者は「引きずり上げられている」状態になります。
その結果、足が踏ん張れず、膝も伸びきらず、フラフラと不安定な立ち上がりになります。
介助者側も、腕と腰で人ひとり分の体重を持ち上げる形になるため、毎回かなりの疲労が残ってしまいます。
「とりあえず立てればOK」の介助が招くリスク
「危ないのは分かっているけれど、時間がないからついこの方法で…」という声もよく聞かれます。
しかし、「今なんとか立てればいい」という介助は、長期的には転倒や骨折、介助者の腰痛といったリスクを積み上げている状態です。
一度大きな転倒・骨折が起きると、入院→活動量低下→認知症の進行・筋力低下といった悪循環が一気に進むことも少なくありません。
だからこそ、少し時間がかかっても、「安全で、介助者にも負担が少ない立ち上がりの型」を家庭のスタンダードにしておくことが大切です。
立ち上がり動作の基本
立ち上がりは、一見難しい動作のようでいても、ポイントを押さえればとてもシンプルです。
なかでも重要なのが、「おしりを椅子の前方に出す」というひと手間でしょう。
このステップを省かずにしっかり取り入れると、より楽に、安全な立ち上がり介助が可能になります。
立ち上がりに必要な3つのポイント(重心・足・支え)
立ち上がり動作は、次の3つの条件がそろうとスムーズに立ち上がることができます。
- 重心が前に移動していること
- 足裏が床についていて、膝がしっかり曲がっていること
- 必要なところに、適度な支えがあること
この3つのどれかが欠けると、立ち上がりは一気に難しくなります。
「おしりを前に出す」ことは、重心と足の条件を整えるうえで、とても大事な準備になるのです。
椅子の前方に座ることで変わる重心と力の向き
椅子の奥深くに座ったままだと、おしりが後ろに引っ込み、重心は椅子の背もたれ側に残った状態になります。
この位置から立ち上がろうとすると、まず重心を前へ運ぶために大きく体を前傾させる必要があり、その時点で一苦労です。
一方、おしりを椅子の前方に引き出すと、はじめから重心が少し前寄りになります。
その結果、上半身を少し前に倒すだけで、立ち上がりに必要な「前方への重心移動」が完了します。
足の位置も前に引きやすくなり、太ももから足首までの角度が整うため、足で床を押しやすくなるというメリットもあります。
「斜め前方に起こす」ことが安全につながる理由
立ち上がりの力の向きは、「真上」ではなく「斜め前方」が理想と言われています。
真上に持ち上げると、高齢者の体は後ろに倒れやすく、足がついてこないため不安定になりがちです。
一方、斜め前方への力は、「座る位置から立つ位置」へ重心を滑らかに移動させる方向です。
スキーのジャンプ台をイメージすると分かりやすく、緩やかな坂道に沿って重心が前に移るイメージになります。
おしりを前に出した状態で、斜め前方に起こすことで、「立ち上がった瞬間から安定した姿勢に近づきやすい」というメリットが生まれます。
OTが現場で使う「立ち上がり全介助」5ステップ
ここからは、作業療法士である筆者が現場で実際に行っている立ち上がりの全介助手順を、5つのステップに分けて紹介します。
ご本人の体格や病気によっては調整が必要ですが、「基本の型」として覚えておくと、応用ができるので便利です。
ステップ1:おしりを椅子の前方に引き出す

まずは、おしりを椅子の前方に移動させます。
介助者が片方の肩や体幹を軽く支えながら、「少し前にずりっとおしりを出しましょう」と声をかけ、ご本人の力をできるだけ使ってもらいます。
自力での移動が難しい場合は、太ももの下に手を差し入れ、左右交互に少しずつ前へずらしていくと、安全に移動しやすくなります。
一気に引きずるのではなく、「右・左・右・左」と小さな移動を繰り返すイメージです。
このとき、背中を強く引っ張ると皮膚トラブルの原因になるため、衣服ごとギュッとつかまないよう注意しましょう。
ステップ2:足を椅子の方へ引き寄せ、踏ん張りやすくする

次に、足の位置を整えます。膝が90度よりもやや深く曲がる程度になるように、足を椅子のほうへ引き寄せます。
目安としては、「膝より少し後ろにかかとがくる」くらいが、立ち上がりやすい位置です。
介助者は、ご本人に「つま先を少し引き寄せましょう」と声をかけながら、必要に応じて足首や膝に軽く触れて誘導します。
足が床につかない場合は、椅子の高さを調整して、足裏全体が床にしっかり接するようにすると、踏ん張りがききやすくなります。
ステップ3:上体を前に倒して重心を前へ移動させる

足の位置が整ったら、次は重心を前に移動させます。
「少し前におじぎをしましょう」「鼻がつま先のあたりにくるイメージです」と具体的に伝えながら、上体を前に倒していきます。
このとき、介助者は背中や胸元を軽く支え、ご本人が怖がらないように、ゆっくりと進めます。
腰や背中に痛みがある方は、大きく前屈するのが難しい場合もあります。
そのような場合は、「少しだけ前に」「あと1センチだけ」と、ほんの小さな前傾を積み重ねる意識で行いましょう。
わずかな前傾でも重心は確実に前へ移動していきますので、まずは「できる範囲でOK」と考えましょう。
ステップ4:介助の態勢に入る
前かがみの姿勢ができたら、介助者はご本人の側方または正面に立ちます。
側方に立つ場合は、片方の手を脇の下、反対の手を腰のあたりに添えます。正面に立つ場合は、介助者の前腕を持ってもらうとよいでしょう。
このとき、力を入れてつかむのではなく、あくまで軽く添える程度にしましょう。もし正面に立った際に、ご本人が介助者の前腕を強くつかんでくる場合は、立ち上がりに不安を感じている可能性があります。
その場合は、そのまま立ち上がりに移行するのではなく、一度中断してコミュニケーションをとってみてください。
ステップ5:声掛けでタイミングを合わせ、斜め前方に引き上げる

準備が整ったら、いよいよ立ち上がりです。
いきなり引き上げるのではなく、「足で床を押すタイミング」と「介助者が支えるタイミング」を合わせることが重要です。
「では、足で床をぐっと押していきましょう。『せーの』で前に立ち上がっていきますね」と、事前に動きのイメージを共有します。
「せーの」で、介助者は背中に添えた手のひらで、体を斜め前方へそっと誘導します。
同時に、ご本人には「今、足で床をぐっと押してください」と声をかけましょう。
ここでの力のイメージは、「持ち上げる」のではなく、「一緒に前方へ滑らせる」感覚です。
立ち上がったあとは、そのまま体幹を支え、立位姿勢が安定しているか確認します。
うまく立ち上がれないときのチェックポイント
手順通りに行っても、「どうも重い」「ふらつきが強い」と感じる場合は、環境や身体状況を見直すサインかもしれません。
いくつかのチェックポイントを確認してみましょう。
椅子の高さ・座面の柔らかさを見直してみる
座面が低すぎる椅子や、深く沈み込むソファは、それだけで立ち上がりの難易度を上げてしまいます。
「膝より少し高いくらいの座面」「沈み込みが少ないしっかりめの椅子」のほうが、圧倒的に立ちやすくなります。
また、座面がツルツルと滑る材質だと、おしりが前にずれすぎてしまい、逆に危険なこともあります。
必要に応じて、ノンスリップマットやクッションで調整し、「立ちやすい椅子かどうか」を一度見直してみるとよいでしょう。
足がしっかり床についているか
足裏が床につかない状態では、どんなに声をかけても踏ん張りがききません。特に女性や小柄な方は、ダイニングチェアやソファが相対的に高くなりがちです。
足が床に届いていない場合は、足台や雑誌を重ねたものなどを用いて高さを補い、「足裏全体が床にピタッとつく」状態を作ってから介助を行います。
また、足の位置を左右に広げすぎると立ちにくくなることもあるので、肩幅より少し狭いくらいを目安に整えましょう。
痛み・こわさ・疲労が強くないか
立ち上がりの失敗が続くと、ご本人の中に「立つのが怖い」「また痛くなるかも」という気持ちが蓄積していきます。
膝や腰の痛みが強い日は、無理に回数を増やさず、事前に湿布や痛み止めについて医師に相談しておくこともひとつの方法です。
また、日によって体調が大きく変わる方の場合は、「今日はどれくらいなら立てそうか」を一緒に確認しながら、立ち上がりの回数やタイミングを調整していくことが大切です。
片麻痺やパーキンソン病など、疾患ごとの注意点
片麻痺のある方は、麻痺側の足に体重をのせるのが難しく、どうしても非麻痺側に偏りがちです。
麻痺側の足の位置を少し前に出し、非麻痺側でしっかり踏ん張る立ち方を選ぶなど、個別の工夫が必要です。
パーキンソン病の方は、「すくみ足」や「動き出しの一歩が出にくい」といった特徴があるため、「せーの」の前にリズムを取りながら、「1、2、3で前に」など、テンポのある声掛けが役立ちます。
病気ごとの特徴に合わせ、必要に応じて専門職に相談しながら進めていきましょう。
介助者の腰を守る立ち位置と体の使い方
正しい手順を身につけることに加えて、介助者自身の体の使い方を意識することで、腰痛リスクはぐっと下げることができます。
ポイントは「近づくこと」「足で支えること」です。
介助者の足の位置と重心移動
立ち上がり介助の際、介助者は足を前後に軽く開き、自分自身の重心を安定させます。
真横に立つよりも、少し斜め後ろに位置取り、ご本人の体の動く方向(斜め前方)に合わせて、自分の体も一緒に重心移動するイメージを持ちましょう。
このとき、腰だけをひねって支えると、腰椎に大きな負担がかかります。
なるべく上半身と骨盤が同じ方向を向くように意識し、「足で踏ん張る・体全体で支える」ことを心がけると、安全に力を伝えやすくなります。
腕を伸ばしきらない・近づいて支える重要性
介助の基本は「近づくこと」です。距離がある状態で腕を伸ばしきって支えると、腕の力に頼りがちになり、結果として肩や腰に負担が集中します。
できるだけご本人に近づき、肘を軽く曲げた状態で体幹を支えることで、体全体で力を分散できます。
また、「持ち上げよう」とすると腕や腰に力が入りやすいので、「一緒に前に動く」「重心移動を手伝う」というイメージに切り替えるだけでも、体への負担が軽くなります。
一人で無理をしないラインと「二人介助」に切り替える目安
体格差が大きい場合や、非常に立ち上がりが重い方の場合、一人介助では安全を保ちにくいケースもあります。
「どうしても毎回ヒヤヒヤする」「自分の腰が限界に近い」と感じる場合は、二人介助への切り替えを検討するサインです。
二人介助にすることで、一人あたりが支える重さが減り、声掛けの役割分担もできるようになります。
「一人でなんとかしなければ」と抱え込まず、家族やヘルパー、専門職と相談しながら、無理のない介助体制を整えていきましょう。
よくある質問Q&A
- 体格差が大きいときはどうすればいい?
介助者よりもご本人のほうが大柄な場合、腕力でなんとかしようとすると必ずどこかを痛めます。椅子の高さを上げる、手すりを併用する、滑りやすい服装を避けるなど、「環境で助ける工夫」を優先しましょう。それでも難しい場合は、無理せず福祉用具の導入や二人介助を検討することをおすすめします。
- ベッドからの立ち上がりにも応用できますか?
はい、基本の考え方は同じです。ベッドの端に腰掛けた状態から、おしりを前に出す・足を引く・上体を前に倒すという流れは使えます。ベッドの高さが低すぎる場合は、ベッド高を調整したり、足台をうまく使ったりしながら、「膝が少し曲がるくらいの高さ」を目指すと立ち上がりやすくなります。
- 認知症で指示が通りにくい場合の声掛けは?
抽象的な言葉よりも、「足をちょっと引いてみましょう」のような、具体的で短い声掛けが有効です。また、「せーの」だけでなく、「1、2、3で前に行きますよ」と事前にリズムやタイミングを予告しておくと、動き出しやすくなることが多いです。足の移動先を指で示すといった視覚的に働きかける方法も効果的です。
まとめ:教科書レベルの基本手順を「家の標準」に
立ち上がり介助は、毎日のように行われる基本的なケアだからこそ、「なんとなく」になりがちです。しかし、今回紹介した
- おしりを椅子の前方に引き出す
- 足を引いて踏ん張りやすくする
- 上体を前に倒して重心を移動させる
- 脇の下から腕を通し、肩甲骨付近を支える
- 声掛けでタイミングを合わせ、斜め前方に立ち上がる
という一連の流れは、教本にも載っている基本の型でありながら、在宅の場では意外と徹底されていません。
この「当たり前の手順」をご家庭の標準にできれば、高齢者にとっても介助者にとっても、立ち上がりがぐっと楽になります。
介助が楽になることは、在宅介護を長く続けていくうえでの大きな力になります。
完璧を目指す必要はありませんので、まずは今日の立ち上がりから、「おしりを前に」「足を引いて」「斜め前に」という3つのポイントを意識してみてください。
※実際の介助に不安がある場合や、立ち上がりで何度も転びそうになる場合は、無理をせず、かかりつけの医師やリハビリ専門職(PT・OT)に相談することもおすすめします。