リハビリ業務に携わっていると、「貼るだけで筋トレ」「座ったままでOK」といったキャッチコピーのEMS機器の効果について質問されることがあります。

テレビやインターネットで多くの商品を目にする機会が増えてきたこと、広告のうたい文句があまりにも魅力的なことがその理由のようです。

やはり、自分で起きたり、立ち上がったり、歩くのが大変になってきた家族のために、少しでも筋肉がつくなら試してみたい、と感じるのはとても自然なことだと思います。

しかし、作業療法士としての視点からお伝えすると、EMSに「筋トレの主役級の効果」を期待してしまうと、現実とのギャップにがっかりしてしまう可能性が高いです。

特に、高齢で筋力が落ちている方や肥満気味の方では、仕組み上どうしても効果が出にくい条件が重なります。

この記事では、EMSが気になっている方や、「これさえあれば安心」と勧められてかえって少し不安を感じている方…。

そして本当に効くのか現実的なところを知りたい方に向けて、EMSの仕組みやメリットと限界をOT視点で解説していきます。

この記事でわかること
  • 高齢者のリハビリにEMS機器は有効か否か
  • EMS機器が筋肉に働きかける仕組み
  • EMS機器の実際の効果

EMS機器は高齢者のリハビリに効果がある?

作業療法士の視点から述べると、「EMS機器を使用することで高いリハビリ効果を得ることは難しい」と考えています。

その理由としては、EMS機器の仕組みと、対象となる方の体型や体質が大きく関係しているためです。

EMS機器は、電流で神経を刺激して筋肉を他動的に運動させる仕組みですが、簡単に説明できる原理とは裏腹に、適切な効果を得るためには意外と複雑な条件があるのです。

例えば、電極をどの位置に貼るか、皮下脂肪の厚さがどの程度か、どこまでの刺激強度なら痛みや不快感に耐えられるか、といった要素が細かく影響します。

また、自分で関節を動かす「自発的な運動」と違い、EMSによる収縮はどうしても「その場で筋肉が勝手に動いているだけ」になりやすい傾向があります。

そのため、立ち上がりや歩行に必要な姿勢のコントロールや重心移動、バランス反応といった要素までは、十分に鍛えることが難しいという限界もあります。

結果として、広告の「EMSだけで歩けるようになる」「貼るだけで筋力が劇的に回復する」などの言葉に期待してしまうと、現実とのギャップにがっかりしてしまう可能性が高いのです。

EMSとはどんな機械?

EMS(Electrical Muscle Stimulation)は、日本語では「筋電気刺激」と呼ばれる機器です。

パッドを皮膚に貼り、そこから弱い電気を流すことで、皮膚の下にある運動神経を刺激し、筋肉を自分の意思とは関係なく他動的に収縮させます。

ひと言で説明すると、「本人が意識して力を入れなくても、電気が勝手に筋肉を動かす」イメージです。

もともとEMSは、医療やリハビリ、スポーツの現場で使われてきました。

たとえば、けがや手術のあとで自力では十分に動かしにくい筋肉を補助的に動かしたり、アスリートのトレーニングを部分的に補強したり、筋肉の収縮を促すことで血行やむくみの改善をねらったりする目的で用いられています。

つまり、EMSの本来の目的は「筋トレの代わり」ではなく、「筋肉を動かしにくい人を少し補助する道具」という位置づけに近いものです。

一方で、通販広告などでは「寝ているだけで筋トレ」「貼るだけで◯万回分の運動」といった表現をよく目にします。

そういった文言は、在宅介護をしているご家族にとっては、どうしても「魔法のリハビリ機器」のような印象になりがちです。

実際の医療・リハの現場での使い方と、広告から受けるイメージには、大きなギャップがあると考えた方がよいでしょう。

高齢者・肥満体型だとEMSの効果が出にくい?

筆者の経験から言うと、介護現場でEMSをすすめられているのは、「足腰が弱ってきた高齢者」や「やや肥満気味で運動が苦手な方」であることが多い印象です。

しかし、この条件は、実はEMSが効きにくくなる要因と重なっています。

EMSの電気刺激は、まず皮膚を通り、その下の皮下脂肪を抜けて、さらにその奥にある筋肉へと伝わっていきます

このとき、皮下脂肪は電気を通しにくい性質を持つ組織です。

そのため、皮下脂肪の厚い人ほど、同じ強さの電気を流しても、筋肉まで届く刺激は弱くなってしまいます

肥満体型の方の場合、筋肉をしっかり収縮させるのに十分な刺激を届けようとすると、機械の出力をかなり強くする必要があります。

しかし、出力を上げれば上げるほど、筋肉より先に皮膚のピリピリ感や痛みが強く出てしまうことが多いのです。

結果として、「筋トレになるほどの強い収縮」を起こす前に、「痛いから無理」となってしまいがちです。

さらに、高齢になると、筋繊維そのものが細くなり、数も減っていきます。同時に、運動神経の働きも若い頃に比べて弱くなり、刺激に対する反応が鈍くなっていることも珍しくありません。

このような変化が重なると、たとえEMSを使っていても、思ったような収縮が得られない場合が増えてきます。

見た目にはパッドを貼って機械を動かしているので、「何となく効いているような気がする」のですが、実際には筋トレと言えるほどの負荷がかかっていない、という状況に陥りやすいのです。

EMSだけでは「筋トレの代わり」にならない⁉

「電気で筋肉が動いているなら、筋トレ効果があるのではないか」と考えたくなるのは自然なことだと言えます。

ただし、筋力をきちんと高めていくためには、単に筋肉が動いているだけでは不十分で、「どの程度の負荷と回数で動かしているか」「それをどれくらいの期間続けているか」が非常に重要です。

一般的に、筋力を増やすトレーニングでは、筋肉に一定以上の負荷(重さや抵抗)をかけ、その負荷で何回か繰り返し動かすことが求められます。

それを週に数回以上、ある程度の期間継続することで、筋力や筋肉量の向上が期待できます。

スクワットや椅子からの立ち座り、段差の昇り降りといった「自重トレーニング」は、この条件を自然に満たしやすい運動です。

自分の体重そのものが負荷になり、関節を大きく動かしながら、何度も繰り返すことができます。

一方、EMSを使用する場合には、痛みや不快感が出る前に出力を上げられる範囲が限られていることが多く、十分な負荷をかけにくいという問題があります。

さらに、パッドの貼り方が自己流になりやすく、狙いたい筋肉にきちんと刺激が届いていない場合も少なくありません。

その結果、実際に起きているのは、軽くピクピクと動いている程度の収縮にとどまり、「筋トレ」と呼べるほどの大きな収縮にはなっていないことが多いです。

また、使用時間や頻度も安定しにくく、トレーニングとして必要な量に達していないこともよくあります。

研究現場では、しっかり設計された高出力EMSを用い、十分な頻度と期間で刺激すると、条件によっては筋量や筋力の増加が得られるという報告もありますが、それは「医療・スポーツ現場で専門家が条件を管理したうえで」の話です。

しかし、通常の高齢者施設や一般家庭では、「何も運動をしないよりは、一定の条件でEMSを続けた方がマシ」といった程度にとどまるケースが多いようです。

つまり、「完全に何もしないよりはマシ」ではあるものの、「EMSさえしていれば筋トレは十分」と考えるのは、現実的ではないと言えるでしょう。

それでもEMSを完全否定しない理由

ここまで読むと、「それならEMSは使う意味がないのでは」と感じる方もいるかもしれません。

しかし、条件や目的を限定することで、EMSにも一定の役割が期待できます。

特に、廃用が進んでいる方や、自力での運動が難しい方にとっては、「ゼロよりはマシな状態」を作ること自体が困難です。

そのような方に対して、運動の導入手段としてうまく活用できれば、プラスに働く場合があります。

たとえば、ベッド上での生活が中心になっている方では、ふくらはぎや太ももなどの筋肉がほとんど動いておらず、血行が悪くなったり、むくみが強くなったりしやすくなります。

このような場合に、電気刺激によって筋肉を少しでも収縮させることができれば、筋肉のポンプ作用が働き、血行やむくみの改善に役立つ可能性があるのです。

また、自力で関節を大きく動かすことが難しい方にとっては、軽い収縮でも「まったく動かさない」状態よりは、筋肉や関節のこわばりを和らげる助けになるかもしれません。

さらに、「運動して」と声をかけてもなかなか動き出せない方にとっては、EMSをきっかけに「今日はこれをやった」という達成感や、「少しでも体に良いことをしている」という前向きな気持ちにつながる場合もあります。

そうした心理的な効果も、リハビリを行うにあたり軽視できないポイントです。

このような場合、大切なのは、EMSを「これさえあれば筋トレは十分」という主役の道具として扱うのではなく、「筋肉とやる気のスイッチを入れる脇役」として捉えることでしょう。

この距離感を保てれば、高齢者のリハビリの中でも、EMSを活かすことは十分可能だと考えられます。

散歩や立ち上がり練習の方が効果的⁉

身体機能の向上を目的とする場合、効果が期待できるのは、やはり自分の体を使った実際の動きです。

特に、まだ歩ける方であれば、家の中や家の周りを散歩したり、椅子からの立ち座り練習をしたり、手すりやテーブルに手を添えながらその場で足踏みをしたりといった、シンプルな動きの方が、総合的な効果は圧倒的に高いと感じます。

こうした運動では、太ももやお尻、ふくらはぎなどの筋力だけでなく、股関節・膝・足首といった関節の柔軟性、心臓や肺の働きといった心肺機能、バランス能力やつまずいたときの踏ん張りなど、さまざまな要素を同時に鍛えることができるのです。

また、「トイレまで歩く」「玄関まで行く」「近所のコンビニまで買い物に行く」といった日常生活そのものに直結する力も、一緒に高めることができます。

一方で、EMSは筋肉の収縮だけをピンポイントで促す道具です。

そのため、心肺機能のトレーニングにはほとんどならず、バランス能力や転倒防止の反応も鍛えにくく、食事・トイレ・移動といったADLや、外出・買い物・趣味活動といった生活の広がりには直結しにくいという限界があります。

歩ける人にとっては、散歩や立ち座り練習の方が、「筋力・体力・生活力をまとめて鍛えられる」という意味で、どうしても優先度は高くなります。

このように考えると、高齢者のリハビリテーションの主役はあくまで「実際に自分の体を動かすこと」であり、EMSはそれを少し支えるおまけ程度の位置づけにしておくのが、もっともバランスがよいと言えるでしょう。

在宅介護でEMSを使うなら押さえたいポイント

それでも、「すでにEMS機器を購入してしまった」「本人が気に入っていて使いたがっている」といった状況もあると思います。

そのような場合に、在宅介護者として押さえておきたいポイントをいくつかお伝えします。

まず、EMSを使ってよさそうかどうかを考える際には、医師から特に使用を禁止されている持病(重い心疾患やペースメーカーの装着など)がないかどうかを確認することが重要です。

また、皮膚が極端に弱く、少しの刺激で赤みやかぶれ、水ぶくれが出てしまうようなタイプではないかどうかも、見ておきたい点です。

さらに、本人が「痛い」「強すぎる」といった感覚をある程度言葉で伝えられるかどうかも大切です。

加えて、家族も本人も、「EMSさえやっていれば運動はしなくてよい」と勘違いしていないことも、大きな前提条件になります。

使用すると決めた場合には、「EMSだけをダラダラ当てる」のではなく、自分の力での運動と組み合わせて使うことがポイントです。

たとえば、ふくらはぎにEMSを当てているときに、かかと上げやつま先上げ、膝を伸ばす運動などを一緒に行うと、自分で行う運動と他動的な刺激が重なり、少しトレーニングらしい負荷をかけやすくなります。

刺激の強さは「少しきついけれど我慢できる」と本人が感じる程度を目安にし、痛みが強くなったり怖さが先に立ったりするレベルまで無理に上げない方が安全です。

また、1回の時間や1日の回数をあらかじめ決めておき、なんとなく長時間つけっぱなしにするのではなく、メリハリをつけて使うことも、皮膚トラブルを防ぐうえで大切です。

一方で、使用中や使用後に皮膚が真っ赤になる、かぶれや水ぶくれが出る、刺激の強さを少し上げただけで強い痛みや不快感を訴える、といった様子が見られた場合は、無理に続けない方がよいでしょう。

また、EMSを始めてから、かえって散歩や立ち座りの回数が減っていると感じる場合も要注意です。

そのようなときは、いったん使用を中止し、主治医やリハビリ職に相談することをおすすめします。

まとめ

この記事では、「EMSが高齢者のリハビリに有効かどうか」「EMSが筋肉に働きかける仕組み」「EMSだけでは筋トレの代わりにならない理由」などを、OTの視点から解説してきました。

在宅介護をしているご家族にとって、EMSは「家の中で簡単にできそう」「介護者の負担も少し軽くなりそう」と感じやすい道具かもしれません。

しかし、実際には、高齢者や肥満体型の方では電気刺激が筋肉まで届きにくく、筋トレとしての効果は想像よりも小さくなりがちです。

一方で、まったく動かさないよりは、筋肉を少しでも収縮させることで血行やむくみの改善に役立つ可能性があり、廃用が進んだ方の「ゼロよりマシ」を目指す補助的な道具としては、使い方次第で意味を持ちうる場面もあります。

大切なのは、EMSを「これさえあれば大丈夫」という魔法のマシンとしてではなく、「散歩や立ち座り、日常生活で自分の体を動かすことこそが在宅リハの主役であり、EMSはそれを支える脇役にすぎない」と理解しておくことです。

歩ける方であれば、まずは無理のない範囲で散歩や立ち座り練習を中心に据え、そのうえで必要に応じてEMSを少し足す、という考え方が現実的だと思います。

在宅リハに悩んだときには、機械を増やすことよりも先に、「今の生活の中でどんな動きを少し増やせるか」「どの時間帯なら無理なく体を動かせそうか」を一緒に考えてみることが大切です。

そのうえで、どうしても補助が必要な場面があれば、EMSを含めた道具の力も、ほどよい距離感で取り入れていけると良いのではないでしょうか。

EMSは魔法のマシンではなく、在宅リハの「脇役」と考えた方が良いでしょう。