高齢化が進む日本においても、さまざまな技術は進歩していきます。
正直なところ、筆者も昔に比べて新しい知識をインプットするのが大変になってきているのを実感する毎日です。
パソコンも車も、携帯電話も20年前くらいは非常にシンプルで使用方法も覚えやすかった印象ですが、最近は内部で何が起きているのかさっぱりで、機能の一部を覚えるだけでも一苦労。
そんななか、施設に入所している高齢者の持ち物も少しずつデジタル製品にシフトしていっているのを感じます。
リハビリ業務に携わっている方なら、一度は相談されたことがあるかも知れません。「スマートフォンの使い方が分からない」と…。
筆者も随分前になりますが、スマホの操作をリハビリとして実施したことがあります。
丁度、各メーカーがガラケーからスマホに移行しつつある時期のことで、65歳という比較的若い利用者さんが頭を悩ませていたのを記憶しています。
当時、自由過ぎた筆者は今考えると、かなりマズい気がする方法でスマホの操作を練習したものです。
令和に入りはや8年、世の中はAIの発展に沸き、デジタル的な技術が幅を利かせています。
そんななか、筆者と同じように、スマホ操作の習得を目的にしたリハビリで頭を悩ませているセラピストやご家族様がいるかもしれません。
この記事では、筆者が過去に利用者さんと実家の母に実施したスマホの操作練習の方法を解説していきます。
はじまりは同期OTの嘆き
「スマホに変えたらメールが打てなくなった」。そう嘆く65歳の女性入所者様に対し、最初に動いたのは私の同期でした。
彼は非常にまじめで優秀な作業療法士でした。いつも、事前の準備とシミュレーションを怠らず、利用者さんに寄り添っている姿を何度も目撃しています。
そんな彼は、スマホの操作方法を利用者さんに覚えてもらうために、写真を多用した分厚い手順書(マニュアル)を作成し、丁寧に指導を行っていました。
マニュアルの出来は非常にすばらしく、筆者も1部分けてもらい自分がスマホ操作を覚えるために、こっそり利用するほどでした。
リハの主任もGOサインを出し、「これなら利用者さんも簡単にスマホの操作を覚えられるはず」とリハスタッフみんなが思いました。
しかし、結果は惨敗。その場ではメールが作成できているのに、2~3日後に行われる次のリハビリの際にはきれいに忘れているのです。
横から見ていると、「タップ」や「スワイプ」というスマホの基本動作が、頭では理解できても指とリンクしない様子。
マニュアルを見ながら恐る恐る画面を触る姿は、まるで素人が爆弾処理をしているように見えました。
その利用者さんにとってスマホは、便利な道具ではなく「意味不明な怪物」のように見えていたのでしょう。
なぜ「2日後」には忘れてしまうのか?

当初、2~3回くらい時間を割けば、操作を習得できると考えていた同僚は頭を抱えていました。
そう、覚えては忘れるの繰り返しで、スマホの操作訓練は開始から既に1ヵ月が経過。その利用者さんの在宅復帰に向けてやるべきリハビリは他にもたくさんあるのに、まったく前に進んでいません。
同僚も途中からは、スマホ操作と筋力訓練を並行して実施するといった方針に切り替えていましたが、いつまでもメールが打てないのは利用者さんとご家族さんの連絡がスムーズに行えず不便です。
他のスタッフからは、認知症の方向から探ってみてはどうかという声も上がりましたが、長谷川(HDS-R)は満点で、日常会話もしっかりしていて、スマホ操作以外にはまったく支障が出ていません。
筆者は経験上知っていました。正攻法で、まったく解決できないトラブルが発生した時、本当にくだらない見落としがあることを…。
同僚や主任と筆者で話し合い、スマホの操作に関しては一度担当を変更してみることになりました。
担当になった筆者がはじめにしたことは、利用者さんの生活を探ることです。
特に、「1週間の内、どれくらいスマホに触れているか」つまり、スマホの使用頻度ですが、それを把握することから開始。
その利用者さんと直接話をするのは勿論、介護スタッフへの聞き取り、スマホ自体のデータ確認(利用者さんの許可・同伴のもと)を行いました。
すると、ある事実が見えてきます。その利用者さんは、リハビリ(操作練習)の時間以外、一切スマホに触れていなかったのです。
使う用事がないから触らない。触らないから、操作を忘れる。この繰り返しになっている可能性が急浮上…。最悪です。
みなさんにも覚えがあるのではないでしょうか?一夜漬けで覚えた英単語、試験が終わったらきれいさっぱり忘れてしまったこと。
そう、人間は興味のないことや不要な記憶は、驚くほどあっさりと忘れていくのです。
利用者さんは、メールを送れないと困ると言いつつ、同じフロアに設置されている公衆電話で電話すればご家族とは連絡が取れるため、スマホ操作習得にそれほど必死ではなかった?もしくは、苦手意識から無意識に忌避していたと考えられました。
この考察から導き出されるのは、スマホへの意識を変えていくために必要なのは、座学のような訓練ではなく、「次の訓練までに、自室でスマホを触りたくなる動機」です。
そこで筆者は、メールの練習は一旦やめて代わりに、一緒にゲームをすることにしました。
私が選んだのはその頃、施設のスタッフの間でも流行っていた『モンスターストライク』でした。
このゲームを選んだ理由は、筆者自身がモンストで、スワイプやタップ、長押しなどの操作を覚えたからです。
「モンスト」が最適だった理由
実は、モンストというゲームは、スマホの基本操作を覚えるのに必要なことがギッシリ詰まっています。
尚且つ、ゲーム性は単純で「引っ張って」「離す」。基本的にはそれだけです。
はじめはゲームと聞いて身構えていた利用者さんも、筆者がプレイしている画面を見て「おはじきみたいなもんやな!」と興味を持ったようでした。
狙いは的中!メール作成画面では「変な文字が入ったらどうしよう」と縮こまっていた指が、ゲーム画面では「適当でも大丈夫!」という軽い気持ちで画面を操作し始めたのです。
「画面に触れて、ボールを引っ張って離す」という動作は、タップやスワイプの感覚を掴むのに最適でした。
「楽しいから、部屋でもちょっとやってみる」。そう言って、その利用者さんは自室でもスマホに触れるようになりました。
マニュアルとにらめっこしていた「苦行」の時間が、ゲームを楽しむ「遊び」の時間に変わった瞬間です。
結果として、毎日スマホに触れる習慣ができ、指が自然とガラス面の感触や反応速度を記憶していきました。
「リスク」をどう管理するか
もちろん、施設内でゲームを提供することにはハードルがあります。
まず、ご家族が懸念されたのは「課金」と「依存」でした。ここには細心の環境設定が必要です。
まず課金については、ご本人の堅実な性格をアセスメントした上で、スタッフが「出勤時と帰宅前に、所持キャラクター数が異常に増えていないかチェックする」というアナログながら確実な監視体制を敷きました。
また、依存対策としては施設のインフラを活用。「21時にはWi-Fiが自動で切れる」という仕様を逆手に取り、夜更かしを物理的に防ぎました。
「スタッフがキャラの数をチェックするから」という程よい緊張感と、強制的なネット遮断。この2つの対策によってトラブルを予防することで遊びを学びに転換できたのです。
ただし、これらを実行するためには、ご本人様とご家族様、リハだけでなく場合によっては、事務所も含めた多職種の理解と協力が絶対に必要となります。
ひとりで突っ走ることのないように注意が必要です。
まとめ:スマホ操作は「体」で覚える
この記事では、筆者が経験したスマホ操作習得のためのリハビリをご紹介しました。
高齢化と技術革新が進む現在の日本では、入所者に対してデジタル製品の操作を覚えるためのリハビリを提供する機会が増えてくると予想できます。
人間は、興味のないことは記憶に残りにくい傾向があるため、丁寧なマニュアルだけでは対応しきれないケースは珍しくないでしょう。
最近の60代や70代は、一般的に考える高齢者に比べ非常に若く、ゲームにも抵抗が少ない人が多い印象です。
むしろ、折り紙や貼り絵、塗り絵といった、これまでの定番のレクリエーションよりもスマホゲームの方が受け入れが良いこともあります。
今回紹介した利用者さんは、その後、すぐに再びメール作成に挑むことになりました。
その時にはもう、怯えや迷いはなく、ゲームで培った操作能力で画面をスクロールし、的確なタップで文字を選び文章を書き上げていきました。
高齢者のICT支援において、ガチガチに作り上げたマニュアルは時に「壁」になることがあります。
論理で教えるのではなく、遊びを通じて「体」で覚えてもらう。私たちがすべきことは、繰り返しの操作説明ではなく、作業に意味を持たせることなのでしょう。
もし同じような状況で、指導に行き詰まっているなら、一度教科書を閉じて、アプリストアを開いてみてはどうでしょう。