「リハビリ室に行きたくない!」、「あんな子供だましはやらん!」
リハビリの現場、特に介護老人保健施設や療養型病院では、こうした壁にぶつかることがよくあります。
特に、まだお若い60代の男性利用者さんにとって、90代の方々と一緒に童謡を歌ったり、折り紙や貼り絵をしたりするのは、プライドが許さないことも多いようです。
「自分はあそこの爺さん婆さんとは違う」…。そう思ってしまうのは、ある意味で当然の心理ではないでしょうか。
今回は、私が新米作業療法士(OT)だった頃、あるアイテムを使って「頑固なリハビリ拒否」を解決した事例をご紹介します。
教科書には載っていない、ある意味、新人だからこそできた「激ヤバなリハビリ」かもしれません。
居室に引きこもる60代男性。その理由とは?
その患者様(Aさん)は、脳血管障害の後遺症で軽度の片麻痺がありましたが、頭は非常にクリアな方でした。
しかし、リハビリの時間になっても決して居室から出てきません。
スタッフが何度迎えに行っても、「今日はいい」「疲れてる」の一点張り。
しかし、その本音は明らかでした。リハビリ室で行われている集団レク(塗り絵や風船バレーなど)が、彼にとっては「児戯(子供の遊び)」に見えていたのです。
「俺はボケた老人たちとは違う!」
そんな無言の拒否とともに、Aさんは一日中居室で「プライド」と「退屈」を抱えながら日々を送っていました。
このままでは「廃用症候群(使わないことで身体機能が衰えること)」一直線です。
転機は机の上の『雑誌』⁉
「どうしたものか…」毎日居室を訪問しては玉砕していた私ですが、ある日、Aさんの机の上に見覚えのある雑誌があることに気づきました。
それまで何もなかった机に、模型雑誌の『ホビージャパン』や、アニメ関連のムック本が積まれていたのです。
さりげなく観察してみると、特に「ガンダムのプラモデル(ガンプラ)」のページに強い折り目がついていたり、何度も読み返したような跡がありました。
(…これだ!)
私は直感しました。そして、意を決して切り出しました。
「Aさん、ガンダム、お好きなんですか?」
今まで私の顔も見ようとしなかったAさんが、チラリとこちらを見ました。
「…まあ」短く、でもハッキリとした返事でした。
ここから、私とAさんの「禁断のリハビリ」が始まったのです。
「V作戦」始動?居室で始まる秘密のリハビリ

まずは信頼関係を作ることが重要です。
せっかくヒントを見つけたので、それを有効に利用するためにリハビリ室へは誘わず、居室でリハビリを行うことにしました。
まずは、私物の『機動戦士ガンダム』の映画DVDを持参し、一緒に鑑賞することから始めました。
個別リハビリの時間と介護士さんの行っているレクリエーションの時間、私の昼休みを利用して、ガンダムを鑑賞…。
ただそれだけを続けます。共通の話題ができたことで、Aさんの口数は劇的に増えました。
会話の内容や表情、日常の行動からある程度、信頼関係が築けていることを確信した私。いよいよ本題の提案です。
「Aさん、久しぶりにガンプラ、作ってみませんか?」
最初は「片手が不自由だから無理だ」と渋っていたAさん。「細かいところや難しいところは、私の手が代わりになります!」と説得。何とか同意を得ることが出来ました。
選んだキットは、鑑賞していた映画に因んで「RX-78 ガンダム(TVアニメの初代ガンダム)」です。
せっかくなので、映画に出ていた作戦「V作戦」を引用して、「ガンダムを完成させて、V作戦を成功させましょう!」などとAさんに声をかけましたが、返事なし!
Aさんからなんとなく、冷たい視線を感じつつプラモデルを開封して作業をはじめます。
- ランナーからパーツを切り出す
- 小さなシールを貼る
麻痺の影響で、切り口にバリ(突起)が残ったり、シールがズレたりすることもありました。
しかし、私は手出ししすぎず、黒子に徹しました。シールが歪んでいても、それはAさんが自分の手で作った証だからです。
ガンダムの部品が組み上がるごとに、Aさんの表情に自信と笑顔が戻ってくるのが分かりました。
リハビリ室への進出!そして「戦友」の出現⁉
「部屋だと手狭ですね。リハビリ室の大きな机で、DVDを流しながらやりませんか?」
そう提案すると、あんなに嫌がっていたリハビリ室へ行くことを、Aさんは承諾してくれました。
リハビリ室の片隅で、ガンダムを見ながらプラモを作るAさん。その姿を見て、予期せぬ出来事が起こります。
「あ…それ、ガンダムか?」
声をかけてきたのは、Aさんと同世代のBさんでした。Bさんは高次脳機能障害があり、少しコミュニケーションに不安がありましたが、実はBさんも大のガンダムファンだったのです。
私の担当の利用者さんではありませんでしたが、自由なうえにある意味適当なBさんは、リハビリの方針が定まらず困っていたようです。
ガンダムを見てテンションが爆上がりしているBさんの姿を見たリハビリ担当者のお願いと、上司の許可の判断で、Bさんは、私のチームに合流することになりました。
そこからはAさんとBさんの変化は驚くべきものでした。
「実は連邦のMSよりジオンの方が好きなんだ」「そうそう!ドムのデザインが完璧なんだ!」と会話が盛り上がり、二人はすぐに意気投合。
「ガンダム」という共通言語を通じて、施設内で浮いていた若手の2人は「戦友」になった瞬間でした。
遊びじゃない!「ガンプラ」が生んだリハビリ効果
その後、AさんとBさんのご家族と情報の共有を行い、「リハビリの一環」として、ご本人たちが作りたいガンプラを買ってきていただくことになりました。
ご家族も「無気力になっていた父が夢中になれるものが見つかるなんて…」と、喜んでくださいました。
一見遊んでいるような時間ですが、実は、驚くべきリハビリ効果を生み出すことになります。
プラモ作りのリハ的効果
- 離床時間の延長(耐久性の向上):「続きを作りたい」という意欲が、ベッドから起き上がる大きな理由になる。
- 体幹機能の向上(座位保持改善):プラモに意識が集中し、意識せずに椅子に座り続けられる。体幹の筋肉が鍛えられる。
- 手指機能と認知機能への刺激 :説明書を読み解き、指先を使う作業は、脳と指先への高度なリハビになる。
- 社会的交流の切っ掛けになる :同じ趣味を持つ利用者さんが、互いに会話を楽しみ、笑い合うようになる。
問題の発生!これは手抜きリハか?お遊びか?
居室でAさんと関わっている時には、室内で何をしているのか分からないので問題にならなかったのですが、居室から出てプラモデルをいじっていると多くの人の目につくわけで…。
当然、問題が発生します。
「利用者とリハビリの〇さんが遊んでいる!」「アニメを見たり、玩具をいじっているだけで意味が分からない!」「自分たちが仕事をしているのにリハは遊んでいてズルい!」こんな言葉が飛び交います。
あまりにも批判の声が大きくなったので、業務終了後に会議が開かれることになりました。
参加するのは、施設の看護師と介護士、ケアマネ、相談員、リハビリ関連職(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、機能訓練士)です。
あまり言いたくはないのですが、そこそこの規模の施設になると、各職種の関係が良くないことも珍しくありません。
そんな中で、「新人OTが気難しい利用者とアニメを見ながらプラモデルをつくっている」。この状況は、格好の攻撃対象になったようです。
会議(笑)のなかでは、聞くに堪えないような言葉が私にガンガン飛んできます。前述したようなリハビリ効果があることを説明しても全くの無駄でした。
リハ関連職の人や一部の看護師、介護士はフォローしてくれるのですが、高齢な看護師長や介護主任、相談員はひどいもので、私の人格を否定するような言葉で圧をかけてきます。
「遊びのようなことはやめろ!」施設内で権力を持つお局様たちの強烈な言葉と圧!なかなかに強烈です。
しかし、実は、OTとしては新人なのですが社会人経験がある私…。この程度の言葉や圧はこれまで何度もくらっています。
さらに、これまでの経験上、何かを始める際には、ある程度の根回しが必要であることは理解しています。
会議(笑)が告知された段階で、施設に常駐している医師と事務長、施設長に連絡して事情を説明し、「アニメ鑑賞とプラモ作成」をリハビリとして実施する許可を貰っていました。
お局様たちの余りに酷い言葉や一部の職員のバカにするような視線と言葉に心が折れそうになりましたが、医師や事務長の許可が出ているリハビリ計画書を見せて、これからもプラモ作りを続けることを宣言。
一応、話し合いは終わったのですが、場の空気はとても悪かったです。
それまでになかったことを始めると攻撃を受けることはよくあります。ある程度、根回しをしておくと多少は状況が良くなることもあります。
まとめ:その人にとっての「意味のある作業」を探すこと
最終的にAさんもBさんも、居室に引きこもることはなくなり、他の利用者さんともフロアで穏やかに過ごせるようになりました。
一見、ただプラモデルで遊んでいるように見えたかもしれません。
しかし、彼らにとってガンプラは、単なるオモチャではなく、「病気になった自分自身を取り戻すためのツール」になったのです。
私たち作業療法士の仕事は、単に手足を動かすことだけではありません。
その人が心から「やりたい」と思えること(Meaningful Occupation)を見つけ出し、それができる環境を整えること。
そのために、病気や障がいだけでなく、利用者さん本人をしっかりみることが重要なのです。
「折り紙は嫌だ」という拒否は、わがままではなく「私を見てくれ」というサインだったのだと、Aさんとガンダムが教えてくれるできごとでした。
この時は、上司が素晴らしい人で、「利用者さんにとって必要であれば、何でも自由にやってみろ!責任は上司である自分が取る」と言ってくれたから実現できたリハビリでした。